かと思われるよ


 そう叫ぶと同時に俊助はネコのように身をすくめると、いきなり相手の男におどりかかっていった。ふいをくった相手の男はもろくもあおむけざまに、ズデンと道の上にころがったが、それを見るや俊助は、すばやく馬のりになってつづけさまに二つ三つポカポカとなぐった。
「このやろう、ひどいやつだ。昨夜瀬川兄妹をおそったのはきさまだろう」
「ちがう。はなせ! 苦しい」
 小男は苦しそうに目をむいて、
「ちがう、ちがう。きみはなにかを誤解しているんだ。こら、やめんか。警察の者にてむかい[#「てむかい」に傍点]すると、そのぶんにはしておかんぞ!」
「警察の者?」
 俊助はそう聞きかえしながら、おもわずちょっとひるんだ。そのすきに男はすばやく、俊助のからだをはねつけてとびあがった。しかし、べつに俊助のほうへとびかかってこようとするのでもない。
「わけもいわずにいきなり声をかけたのは、こちらが悪かった。きみ、そのマフラーを持って、瀬川の家までやってきたまえ。なにもかも話してやるから」
 そういうと、このふしぎな男は、俊助のほうには見むきもせずに、先に立って步きだした。

「いやわけ[#「わけ」に傍点]もいわずに由美子さんのあとをつけまわしていたのは、わしが悪かった。しかし、これも警視庁の命令だからかんべんしてもらいたい。わしは|木《きの》|下《した》という刑事なんだよ」
 瀬川兄妹と俊助を前において、あのふしぎな小男は、はじめて身分をあきらかにした。
「しかし、その刑事さんがなんだって、由美子さんのあとを尾行しているんですか?」
 俊助はまだふ[#「ふ」に傍点]におちない。
「ふむ、きみがふしんがるのもむりはない。じつは――」
 と、木下刑事はひざ[#「ひざ」に傍点]をのりだすと、
「ちかごろ、北海道の警察から東京の警視庁にたいして、ひじょうに重大な報告をもたらしてきたのだ。
 というのはほかでもない。むこうで|石《いし》|狩《かり》のトラという名で知られている、ひじょうに兇悪な強盗犯人が、東京に潜入したらしい形跡があるというのだ。じつに恐ろしいやつで、人殺しでも強盗でも、平気でズバズバとやってのけようという悪党なのだ。
 警視庁でもすてておけない。ただちに手配して、最近、どうやらそいつではないうなやつをひとり発見した。というのは、この石狩のトラというやつは、左足がなくって、木の義足をはめているものだから、  


2015年10月23日 Posted by 塵緣如夢 at 12:26

かと思われるよ


 そう叫ぶと同時に俊助はネコのように身をすくめると、いきなり相手の男におどりかかっていった。ふいをくった相手の男はもろくもあおむけざまに、ズデンと道の上にころがったが、それを見るや俊助は、すばやく馬のりになってつづけさまに二つ三つポカポカとなぐった。
「このやろう、ひどいやつだ。昨夜瀬川兄妹をおそったのはきさまだろう」
「ちがう。はなせ! 苦しい」
 小男は苦しそうに目をむいて、
「ちがう、ちがう。きみはなにかを誤解しているんだ。こら、やめんか。警察の者にてむかい[#「てむかい」に傍点]すると、そのぶんにはしておかんぞ!」
「警察の者?」
 俊助はそう聞きかえしながら、おもわずちょっとひるんだ。そのすきに男はすばやく、俊助のからだをはねつけてとびあがった。しかし、べつに俊助のほうへとびかかってこようとするのでもない。
「わけもいわずにいきなり声をかけたのは、こちらが悪かった。きみ、そのマフラーを持って、瀬川の家までやってきたまえ。なにもかも話してやるから」
 そういうと、このふしぎな男は、俊助のほうには見むきもせずに、先に立って步きだした。

「いやわけ[#「わけ」に傍点]もいわずに由美子さんのあとをつけまわしていたのは、わしが悪かった。しかし、これも警視庁の命令だからかんべんしてもらいたい。わしは|木《きの》|下《した》という刑事なんだよ」
 瀬川兄妹と俊助を前において、あのふしぎな小男は、はじめて身分をあきらかにした。
「しかし、その刑事さんがなんだって、由美子さんのあとを尾行しているんですか?」
 俊助はまだふ[#「ふ」に傍点]におちない。
「ふむ、きみがふしんがるのもむりはない。じつは――」
 と、木下刑事はひざ[#「ひざ」に傍点]をのりだすと、
「ちかごろ、北海道の警察から東京の警視庁にたいして、ひじょうに重大な報告をもたらしてきたのだ。
 というのはほかでもない。むこうで|石《いし》|狩《かり》のトラという名で知られている、ひじょうに兇悪な強盗犯人が、東京に潜入したらしい形跡があるというのだ。じつに恐ろしいやつで、人殺しでも強盗でも、平気でズバズバとやってのけようという悪党なのだ。
 警視庁でもすてておけない。ただちに手配して、最近、どうやらそいつではないうなやつをひとり発見した。というのは、この石狩のトラというやつは、左足がなくって、木の義足をはめているものだから、それが目じるしなのだ。ところが、そいつが目をつけているらしいのが、ふしぎにも瀬川さん、あなたがたなんですよ」
「まあ!」
 由美子は、おもわずくちびるまでまっ青になった。
 しかし、そんな恐ろしい男が、どうして、こんなまずしい兄妹をつけねらっているのだろう。ぬすもうにもなに一つ持っていない、このびんぼうな発明家をねらって、いったいどうしようというのだろう。  


2015年10月23日 Posted by 塵緣如夢 at 12:21Comments(0)

ことがあるん

「そうです。こんなことはあの子に知らせたくないのですが、実は、あれはわたしどものほんとの子ではないのです」
「な、な、なんですって!」
 金田一耕助も等々力警部も、思わず大きく目を見張った。
「そうです。あれは捨て子でした。香港のある公園でひろったのです。ちょうどそのころ、わたしたち夫婦は、子どもがなくて、さびしくてたまらなかったところですから、これこそ神鑽石能量水 消委會さまからのさずかりものと、大喜びで、ひろって育ててきたのです。それがあの文彦です」
 金田一耕助は等々力警部と顔を見合わせながら、
「それで、文彦くんのほんとうのおとうさんや、おかあさんは、ぜんぜんわからないのですか?」
「わかりません。ただ、赤ん坊をくるんであったマントの裏にローマ字で、オーノという名まえがぬいとってありました」
「オーノですって?」
 金田一耕助はからだをのりだして、
「それじゃ、文彦くんにダイヤをくれた大野健蔵という老人が、ひょっとすると、文彦くんのおとうさんかも知れない……と、いうことになるんですか?」
「そうかも知れません。しかし、わたしにはただ一つ、気になるこ探索四十 邪教とがあるんです」
「気になることというのは……?」
「ちょうど、文彦をひろったじぶんのことです。新聞に、香港を旅行中の、有名な日本の科学者がゆくえ不明になったという記事がでていたです。ひょっとすると、当時香港をあらしていた、銀仮面という盗賊のしわざではないかということでしたが、たしかなことはわかりません。
 ところで、その科学者の名まえですが、それが大野|秀《ひで》|蔵《ぞう》博士というのです。しかもそのとき、博士のおくさんも、生まれたばかりの、まだ名もついていなかった赤ん坊も、いっしょに、ゆくえ不明になっているのです」
 ああ、こうして、文彦にまつわる秘密のベールは、しだいにはがれていくのだった。

 文彦はほんとうは、竹田家の子どもではなかったのだ。赤ん坊のころ、香港の公園でひろわれた捨て子だったのだ。そして前後の事情から考えると、文彦はそのじぶん、香港でゆくえ不明になった鑽石能量水 消委會有名な科学者、大野秀蔵博士の子どもではないかと思われるのだ。
 それでは、文彦のほんとうのおとうさん、大野秀蔵博士はどうしたのだろう。そのころのうわさによると、大野秀蔵博士は、怪盗銀仮面にゆうかいされたのだということだが、はたしていまでも生きているのだろうか。  


2015年10月19日 Posted by 塵緣如夢 at 15:24Comments(0)

奇跡を現実

 何があったわけでもない。
 リンが顔を上げた。視線を向けた。それだけだった。
 今までと比較にならない威圧感。
 得体の知れない恐怖が纏わりついてくる。

 鳴海を最初に見た時から疑問はあった。
 こんな少年に自分の封印が破られるハズはない。
 しかも、彼は魔導師でもなければ秘術師でもない。ただの子供。
 それが魔女である、世界最高の魔女である自分の封印を解いた。
 有り得ない。
 だが、そのタネは直ぐに解った。
 鳴海はリンの捕縛術を目の前で破って見せた。
 つまり鳴海は消魔体質者だ。
 魔法は突き詰めれば一種の催眠術である。
 世界に対し強力な暗示を掛け、リアリティを強引に捻じ曲げる。
 もちろん事象はその暗卓悅假貨示に対し、強力な抵抗を示す。それを消魔力という。
 魔法とはその消魔力の隙間を掻い潜り、ささやかなにもたらす技術だ。
 もちろん、消魔力の方が大きいと魔法は効果を生まない。
 相手が生物であれば、この抵抗力の固体差は大きい。
 極端に魔法に対する抵抗力が強い存在を消魔体質者と呼ぶ。
 リンが見る限り、鳴海は万人に一人の強力な消魔力を体内に持っている。
 鳴海が特殊な訓練を受けていれば、一流の消魔師。魔法や魔物を打ち消す
特別な術者になっていただろう。
 だが、今の時代、何の役にも立たない。無駄な才能。
 どんな人間でも三つの才能を持っているというが、その一つがこれだとすると、
ある意味で不幸染髮な子だなと思う。
  


2015年10月14日 Posted by 塵緣如夢 at 16:52Comments(0)

確な治療法

「食あたりかどうかを、まずみきわめる。それだったら薬草によって、はかせるか下痢させるか、なにしろ早く体外に出すことだ」
「食あたりでなかったら……」
「むずかしい。正直なところ、運を天にまかせる以外にない。そもそもだな、前もって相談を受けていれば、薬草によって体調をととのえることができなくはない。しかし、急に飛香港如新集團びこまれたのは、どうしようもないのだ」
「あの呪文、なぜ声に出してとなえてはいけないのです」
「声に出していながら、みるみる悪化したのでは、効果について怪しまれる。声に出していなければ、口のなかでとなえるのをやめたから死んだのだろうと、遺族もあきらめてくれるのだ」
「本当に呪文はきくのですか」
「本にも書いてあるし、どの医師もやっていることだ。となえないよりはききめがあるはずだ」
「そうかもしれませんね」
「そのため、助かるかどうかをみきわめることが、なによりも先決だ。これは経験をつむとわかるようになってくる。それによって、力強くはげますか、本人をやすらかに死なせ遺族に悔いを残させないようにするか、方針がわかれるのだ。ここが医師の才能であり、存在価値だろ
うな」
 こういうことを、宗白は無責任で言っているのnu skin 如新ではなかった。これが当時の医術。|腎《じん》|虚《きょ》なる言葉があり、腎臓と性的なものの関連が常識となっていた。その腎臓がどこにあるのかさえ、多くの医師は知らなかった。
 江戸城の将軍も、大奥の女性も、なにかからだに異常があると、すぐに|加《か》|持《じ》|祈《き》|祷《とう》をおこなった。医師よりも神仏が優先。だから、寺社へ寄進する金額のほうが、医師への支出よりはるかに大きかった。
 これは地方の藩においても同じこと。寺社奉行となると大変な重職だが、医師はせいぜい百石ぐらいの格しかない。
 そもそも、人体がどうなっているのか、だれも知っていない。かりに知ってたとしても、細菌性の病気への薬がなかった時代。すなわち、肺炎、赤痢、伝染病など、なおしようがない。|天《てん》|然《ねん》|痘《とう》が流行すれば、赤い色の布を身にまとって防ぐ以外に
ない。肺病になれば、黒ネコを飼い、背中に四角い紙をはり、その四すみにキュウをすえるという手当てを受ける以外にない。
 いかに全国最高級の将軍専属の医師でも、さらに的を知っていたわけではないのだ。将軍が他の者にくらべ特に長寿をたもってもいない。なおらぬ病気にかかったら、それが運命であり、だれもやむをえないとあきらめる。
「文句なくきくという薬があるといいでしょうにね」
 宗之助が言うと、父の宗白は答える。
「わたしもそう思うな。しかし、そんなものはほとんどない。みごと香港如新集團にきくのは、毒の薬草しかない」
「そんなのがあるのですか」  


2015年10月06日 Posted by 塵緣如夢 at 17:04Comments(0)