確な治療法

「食あたりかどうかを、まずみきわめる。それだったら薬草によって、はかせるか下痢させるか、なにしろ早く体外に出すことだ」
「食あたりでなかったら……」
「むずかしい。正直なところ、運を天にまかせる以外にない。そもそもだな、前もって相談を受けていれば、薬草によって体調をととのえることができなくはない。しかし、急に飛香港如新集團びこまれたのは、どうしようもないのだ」
「あの呪文、なぜ声に出してとなえてはいけないのです」
「声に出していながら、みるみる悪化したのでは、効果について怪しまれる。声に出していなければ、口のなかでとなえるのをやめたから死んだのだろうと、遺族もあきらめてくれるのだ」
「本当に呪文はきくのですか」
「本にも書いてあるし、どの医師もやっていることだ。となえないよりはききめがあるはずだ」
「そうかもしれませんね」
「そのため、助かるかどうかをみきわめることが、なによりも先決だ。これは経験をつむとわかるようになってくる。それによって、力強くはげますか、本人をやすらかに死なせ遺族に悔いを残させないようにするか、方針がわかれるのだ。ここが医師の才能であり、存在価値だろ
うな」
 こういうことを、宗白は無責任で言っているのnu skin 如新ではなかった。これが当時の医術。|腎《じん》|虚《きょ》なる言葉があり、腎臓と性的なものの関連が常識となっていた。その腎臓がどこにあるのかさえ、多くの医師は知らなかった。
 江戸城の将軍も、大奥の女性も、なにかからだに異常があると、すぐに|加《か》|持《じ》|祈《き》|祷《とう》をおこなった。医師よりも神仏が優先。だから、寺社へ寄進する金額のほうが、医師への支出よりはるかに大きかった。
 これは地方の藩においても同じこと。寺社奉行となると大変な重職だが、医師はせいぜい百石ぐらいの格しかない。
 そもそも、人体がどうなっているのか、だれも知っていない。かりに知ってたとしても、細菌性の病気への薬がなかった時代。すなわち、肺炎、赤痢、伝染病など、なおしようがない。|天《てん》|然《ねん》|痘《とう》が流行すれば、赤い色の布を身にまとって防ぐ以外に
ない。肺病になれば、黒ネコを飼い、背中に四角い紙をはり、その四すみにキュウをすえるという手当てを受ける以外にない。
 いかに全国最高級の将軍専属の医師でも、さらに的を知っていたわけではないのだ。将軍が他の者にくらべ特に長寿をたもってもいない。なおらぬ病気にかかったら、それが運命であり、だれもやむをえないとあきらめる。
「文句なくきくという薬があるといいでしょうにね」
 宗之助が言うと、父の宗白は答える。
「わたしもそう思うな。しかし、そんなものはほとんどない。みごと香港如新集團にきくのは、毒の薬草しかない」
「そんなのがあるのですか」



2015年10月06日 Posted by塵緣如夢 at 17:04 │Comments(0)

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