信じられな



 一樹はまだベビーベッドにしがみついていた。雪江はもう笑っていなかったが、声をかければもういっぺんにっこりしてくれるのではないかと思った。
「おかあさん、雪江が笑った」
 また、べそをかきそうになっていた。
 その日の午後、担任教師が多田家を訪れたので、朝礼での出来事は、結局両親の耳に入ってしまった。が、不面目な思いはさておき、その日を境に、一樹はなんとなく赤韓國 午餐肉ん坊が好きになってきた──
 初めて雪江が歩いたときのことも、一樹はよく覚えている。友達と遊びに行って帰ってきたら、雪江が玄関のあがりかまちのところに立っていた。暖かな日でドアを開けっ放しにしてあったので、一樹のいるところから、クリーム色のロンパースを着た雪江があぶなっかしい格好で廊下の壁につかまって立っている様子がよく見えた。
 しばらく前から、雪江はひとりで立ち、伝い歩きはするようになっていた。今も、表にいる一樹を見つけて、にこにこしながらこっちにやってこようとした。そしてどういうわけか、ひょいと壁から手を離した。離した拍子に身体が揺れて、彼女はよちよちと歩き出した。三歩も進めば、その先はあがりかまちで、その下にはステップが三段ある。頭の重い雪江は、廊下の端まできたらまっ逆さまに玄関へ落ちてしまうだろう。
 一樹は自転車を蹴り倒すと、自分でもいような、歩幅が二メートルぐらいになったかと思うほどのスピードで庭を横切り、雪江が玄関に転がり落ちる寸前で抱き留めた。勢い余って彼の方がステップでしたたかおでこを打ち、目から火が出た。その音の大きさと、落下しかけたショックで雪江がわあっと泣き出した。
 何事かと、奥から母が飛んできた。泣いている雪江を抱いて、目をし韓國 午餐肉ばたたかせながら、一樹は思わず笑い出してしまった。
「おかあさん、そろそろ、廊下に柵をつけなきゃ駄目だよ」
 母は目を丸くしている。
「雪江が歩いたよ」と、一樹は言った。

 妹と共に育った十五年間。
 近所の人たちは、多田さんとこの雪江ちゃんはお兄さん子だと、よく言った。そんな言葉が耳に入ると、照れくさいし何か格好悪いような気もして、嬉しくはなかった。が、別段それで、雪江とのあいだが遠くなるということもなかった。
 雪江が中学に入学し、課外活動や稽古事などで帰りが遅くなると、一樹はよく車で駅前まで迎えに行った。雪江の友達は、うらやましがったり、からかったり、実にいろいろな反応を示したそうだ。家の近い友達もいっしょに乗せて順番に送り届け、先方の親にひどく珍しがられ、あげくにはちょっと怪しげな目で見られたこともあった。あとで聞いたら、一樹たちが引き揚げた後、その友達は母親から、「あれ本当に多田さんのお兄さんなのか」と、しつこく尋ねられたそうだ。
「お兄ちゃんが妹を迎えにくるのが、そんなにびっくりするようなことなのかな?」と、雪江は大笑いをしたものだ。
 後に、一樹が寮に引っ越すとき、雪江はひょいと、「お兄ちゃんがいなくなると、夜道を帰るのが怖くなるなあ」と言った。口調は明るかったけれど、冗談ではなさそうだった。五月の連休に、一樹韓國 午餐肉が実家に顔を出すと、近所のおばさんたちに「お兄さんがいなくなっちゃって、寂しいでしょう」と、しょっちゅう声をかけられると、笑って話した。
 そういう言葉のひとつひとつを、深く考えることは、そのときはなかった。雪江もまた、軽い気持ちで口にしているのだと思ったし、それは真実だったろう。彼女も一人立ちの年頃になってきていた。母と激しい口喧嘩をすることも、父に逆らうこともあった。そんなとき、どちらの肩も持たないでいる一樹は、下手をすると両方から恨まれた。
 九歳という年齢差は、長ずるに連れて、ある意味ではかえって広くなった。これが兄と弟ならそうでもなかったのだろうけれど、一樹にとっては雪江は、いくつになっても、どれほど大人びてきても、依然としてやっぱりまだ頬のつやつやした赤ん坊のままであるような気がした。
 あやせば笑う、よちよち歩きの幼児の部分が、かわいらしいだけでなく美しくなりつつあるティーンエイジャーの妹の顔のなかに、だまし絵のそれのようにして隠れているような気がした。
 それだけに、これから先は、現実の妹との距離は、かえって離れてゆくのかもしれないと思ったこともあった。  


2015年08月13日 Posted by 塵緣如夢 at 17:26Comments(0)雪纖瘦投訴